乙女チックに10題:03




 空っぽでした、と、報告のような、感想のような、そんな言葉を告げられた。
「なにも…なにもありませんでした、あの人の中には。多分、動機、とか、そういうのもきっと」
 問うたところで出てこない、そもそもはじめから無いのだから。甥は淡々とそういった主旨のことを述べた。それを聞きながら、いつか自分がこの子供に言った言葉を思い出して顔を歪ませた。

 甥とその友人達がどこからか足立を連れ戻してきてそろそろ丸一日になる。足立にはまだ会えていない。これから会える保証も無い。足立の容疑がどこまで及ぶのかはわからないが、もし自分が担当の刑事だったなら、わずかでも関わりが疑われる事件についてはこの段階ではすべて容疑者として扱うだろう。それが正式のものかどうかはともかくだ。ならば足立は現時点で、娘の誘拐犯であるかもしれず、自分は被害者の父親だ。菜々子はゆるしをくれるだろうか。
 そこまで考えて頭を抱えた。本音を言うなら今すぐにでもこの病室を飛び出し、もしかするとこの病院のどこかにいるのかもしれない足立を探してすべての病室の扉を開ける、それくらいの衝動がある。会って直接聞きたいことがある。いや、何を聞く必要がなくとも、ただ会いたい。だがそれはゆるされないのだ。時を待ち、菜々子にそれと告げ、その上で許可を得なければならない。年不相応な寛容さを持つ娘だが、拒絶されたところでそれも仕方ないとしか言えない、今回の事件だ。
「菜々子…」
 あの子が他人を拒絶する。考えてみればそんなものは当たり前の年頃だ。なのに、それを想像できない。自分と菜々子と甥、その中にあれは自然に溶け込み、菜々子と幼い会話を交わす様子はばからしくもあったがあたたかなもののように見えた。それが実はまったくの空虚であったことを知り、それをあの子はどう受け止めるだろうか。都合のいい想像はすべきではないだろう。今こそものの優先順位を間違ってはならない。
 平凡だが、ちょっとした特別な日と食事、客人。今思えば眩しすぎる光景だ。それをあの子は塗りつぶさなければならない。胸が痛む。足立はそんなもの、とっくに塗り潰していた、いや最初から彩ってすらいなかったというのに。


 少なからぬ情をもって接してきたと思っていた。ある意味では娘や甥よりも深い種の情を傾けていた自覚さえある。だが、空っぽだったと甥は言う。満たせなかった、どころか、何も入っていなかったのだ。
 思えば自分はあいつに何をしてやれただろうか。一人暮らしのあいつを家に呼び、団欒というものに加えさせてやったつもりでいた。あたたかな光景と思えばうつくしいが、あの場に客人はひとりだけだ。かつて甥に告げた、家族だ という自らの言葉が突き刺さる。自分はひとりよがりに情を注いでいるつもりで、あいつはそもそもそれを受ける器を持ってはいなかったのだ。ぽかりと底に穴の空いた器を、修理しようとも新しいものを与えようともせずに、ただひたすらに注いでいるつもりでいた。なんと愚かなことか。
 そういえばあいつには、コーヒーは入れさせるばかりで入れてやったことはなかった。情を注いでいたつもりで、それすらも思い込みであったのだろうか。
 
 
 
おわり

 



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いや、足立も堂島さんち好きだったと思うよ!

09.04.26