乙女チックに10題:04




 あの人は僕を好きだっただろう。酒の勢いでこのまま抱かれてもいいかななんて思うこともあった。だけれどそうしなかったのは、そんなことをしたところでその先にあるものなど何ひとつないからだ。上司を嫌いではなかったが、一時の気まぐれで息苦しい立場に甘んじるのはごめんだった。あの人は僕を大事にしてくれただろうが、一緒に住まう、経済を共にする、将来を約束するなどといったことはないだろうし、僕も求めたりしない。好いた惚れたなどという関係は、そのゆく先あってのものだ。関係を結んだその時点が終点の恋愛など、得るものはせいぜいその時々の快楽くらいなもので、そんなあやふやなものの為に自分の将来の選択肢の幅を狭めるのはばかげている。恋愛に夢を見るつもりはなかったが、多少の打算はあっていい。既婚の男の情夫になるよりは、益のある諸々人間関係ついてくるような空から降ってくる縁談を待つ方がましではないだろうか?幸いなことに自らを強い理性で縛るあの人は、あとさき考えずに想いを伝えてくることはなかった。だから自分とあの人は最後まで部下と上司だった。


 僕と生田目の奇妙な共通点に気がついたのはもう随分暖かくなってからだ。自分なりにその意味を考えてみたが、ピースが足りない。最後のひとつを持っているのはあの子供だろう。今さら惜しくもない情報だ。わかる者が解けばいい。
 手紙を書きながらあの子供の顔をぼんやりと思い出す。あのまっすぐな視線が苦手でまともに顔を見た記憶は少ない。印象は鮮烈だったが、顔の造作は驚くほどあいまいだ。
「名前は…確か、」
 それこそ、堂島さんとこの ですべて事足りていた。そう呼ぶたびにいやそうな顔をして名乗られたものだ。

 あの子供は僕のことを好きではないだろう。犯罪者を憎む、そういう類ではなく、絶対に僕を認められはしないだろう。僕の中から出たあれを見たときの表情。そう、僕は彼だったかもしれず、未来の彼は僕かもしれない。あるいは、生田目。この手紙を読んだとき、よりいっそうそれを悟るだろう。彼は自身の自我を保つために、決して僕を認められはしないのだ。嫌悪感をもってして、僕や生田目を拒絶し続けなければならない。それをいつまで続けられるかは見ものだ。
 大人になればわかるんだよくそがき。もうこれ以上得るものなんかなくてあとはいかに消費するかなのに、突如それを失うことの意味。生田目は好きな女と職をなくした。僕は将来の展望をなくした。人生の中で、得るばかりの時期なんてそう長いものじゃない。僕程度の年でそれを悟るくらいに、本当に短い。若い君はこれから何をなくして、何になっていくのかな。
 それとも君は、今のまま一生得続けるのかな。そんなことはありえないけれど、そうあれれば幸せだろう。失うことをおそれるが故に本当に欲しいものを得るのがおそろしくて、見ないふりをした僕の臆病さなど知らないままですむのだから。
 
 
 
おわり

 



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双方向片思いになってしまった!

09.04.27