だれも知らないこと




「…今日、また会いましたよ。あの子ら」

 あの子、というのは隣で煙草をふかす上司の甥だ。最近何かと事件に関して顔を合わせる事が多い。

「またか。おまえいったい昼間どこにいるんだ?おれは全然だが」
「やだな、あの子らがウロウロしてるんですよ。真面目に仕事してますってば」
 ぎゅ、と腕を伸ばしてテーブルの灰皿に煙草を押し付ける。無理な姿勢のせいで張った腕の筋肉になぜか見とれた。
「前、署にも来てましたね。今はお父さんの職場の授業参観?とかあるそうですけど、どうですか」
 くっと笑いながら枕に落ちた小さな灰を指で押し付ける。それはあっさりと形を崩して枕にしみこんだ。
「自分とこの職場に子供が来て喜ぶ警察官がいるか、ばか」
 シングルベッドに大の男二人は本当に狭い。上下に重なっているときはまだしもこうして横に並ぶとぴたりとくっつく他なくなる。結局密着しているのは変わらない。
 堂島は起こしていた身体を足立の被る毛布に潜りこませ、煙草を手放して空いた指をその癖毛に絡ませた。
「僕ら外回りも多いし、こんな田舎ですから仕事中にばったり、ってこともありますけど、普通の会社勤めだとなかなか見る機会ないですよねえ」
「何をだ?」
「父親の仕事中の顔。僕も見たことないですし」
 ああ、と堂島は呟く。
 あの子供たちと聞き込み中出くわしたのはもう何回目だろう。その度に堂島は不信感を募らせているようだ。自分もあの子供たちが不快だ。
 横にしていた身体をさらに寄せて、足を絡ませる。堂島はすぐに気付いたようで困ったような顔をした。構わず膝や腰を使って水を誘えば、髪で遊ばせていた指が首へと移動した。

 あの子供は何でも持っていく。
 僕の知らない家族の顔を知っているだけでは飽き足らず、仕事の時のこのひとの顔も知っている。
 でももういい。
 家族の顔なら自分も見た。情けなく緩んだ父親の表情だ。仕事中の顔も、許してやる。どうせ職場の人間みんな見ている。
 僕と二人の捜査の時間、邪魔されるのは気に食わないがどうせ常に他人がいる。
 でもおまえは、おまえらは、誰も知らないだろう。
 このひとの夜の顔。いく時の表情。その瞬間、背中が粟立つように鳥肌がたつこと。今この世の中で、僕だけが知っていることだ。
 ざまあみろ、と頭の隅で思いながら、今日の忌々しい出来事を忘れるべくその腕に縋った。
 
 
 
おわり

 




堂島に言うぞと脅されて悔しかったので

09.03.13